え~、という訳で、今回は初の、鎌倉市の材木座という海岸に行きました。
まあ、写真の中には漂着した木、まあ、材木と呼べなくもない太い木が大量にありますが。まあ、でも材木じゃないか。材木というのは製材可能な木のことだからな。これはもう捨てるしかない。
でも、まあ、材木座の名前の由来は、大量の材木が海岸に漂着するからではない。材木座という名前の由来は、鎌倉時代に材木商人の座(組合)が設置されていたからだとさ。あとは、まあ、材木の取引場所だったかららしい。
今ではもうすっかり、どこにも材木組合は存在しないし、取引所もないけどな。
あ~、え~と、ちなみに俺は記憶力が悪いから、ここは多分、きっと材木座で合っていると思う。ここは由比ガ浜ではないと思う。俺の記憶では。
まあ、海岸一帯に漂着したこれらの木を一か所に集めて、重機でバキバキと砕いて、トラックに積んで搬送するという形での木片ゴミの除去となります。
で、俺は非正規で重機なんて扱えないので、免許もないし、だから端の方で砂に埋まった木の破片等を熊手で掘り起こしてかき集める作業をしていた。
やり方が下手だの、色々と怒鳴られて、マジでこの現場は嫌だわ。つーか、最初からこの仕事は嫌だったわ。やはり10名でやっていた時よりも、この時はたったの4人だからさ、なんかピリピリしているんだよな。
そりゃ昔は10名で比較的のんびりと柔かい雰囲気で和気あいあいと出来ていた時も沢山あったが、もう予算激減の削減の影響で4名で同じレベルの仕事か、それ以上の仕事をこなしているんだから、そりゃキツいよな。人当たりもキツくなる。
余剰人員がいないから、ひっきりなしに休む暇もなくて辛い。まあ、今後も予算は増えないだろう。もう国自体が日産自動車状態で斜陽だからな。
だって俺みたいな出る杭を応援せずに潰してばかりいるんだから、そりゃ発展する訳ねーだろ!
逆にアメリカはマーク・ザッカーバーグみたいな出る杭を全力で応援するから、給与水準が超発展した。
昔は日米の労働者で給与にそんなに差は無かったのに、今では同じ類の仕事でも、アメリカ人の三分の一程度の稼ぎしかないという、国全体が体たらくのカスみたいな賃金で停滞っつーか撃沈。バカみたい。アホ草。
アメリカのトラック運転手は最高で年収2200万円のドライバーもいるらしい。年収1200万円越えのトラックドライバーなんてゴロゴロいるらしい。
けれど日本のトラックドライバーは年収数百万円程度が殆どだよな。しかも仕事内容は超ブラックだという。少しは荷主に集団で反乱した方がいいよ。なんでも従順というのは、良くないかもしれない。舐められて給与を低く据え置かれるから。

朝、公園の木製のベンチとテーブルにて。

割と晴天の日が続いていた。

とにかく朝は暑い。昼も暑い。夜も蒸し暑い。

別に腕が太くなったとかはない。だってそんな短期間では変わらないし、そもそもそんな重たい物を常に運ぶような仕事内容ではない。

一応日焼け止めは塗っているけれど、けっこう焼けたような印象だ。

元引籠りニートからしたら、少しは逞しくなったのかな?

まあ、別にずっとひきこもりって訳じゃないしな。重病でもないから。

腕が日焼けするとヒリヒリするよな。だからドラッグストアで一番容量があって安い日焼け止めを塗っていた記憶がある。

本当に指は大切だよな。昔、平塚の工場で働いていた時、指を失いそうになったことがあった。
仮に指を全てごっそり失ったとしても、僅かな補償金しか支払われなかったろう。
1000万円程度の金で、その後一生、タイピングも出来なくなるのか。他にも書くとか握るとか掴むとかの動作も出来なくなる。
本当に指は必要だから、大事にしましょう。

肉体労働者の腕時計なんて、チープカシオのデジタル腕時計で十分だ。
まさかロレックスなんて装着して肉体労働をしているブルーカラーなんていないよな?

けっこう日焼けしてしまった上腕。暑いからTシャツで作業をしていた記憶がある。
途中から長袖にしたかもしれないが。あんまりゴミを処分する仕事で短い袖の服はやらない方が良い。尖ったゴミで擦り傷が出来たりするから。
雑菌が体内に入ったら厄介だ。なので俺は消毒薬を常にリュック内に常備していた。

デミタス珈琲を自販機で買った。安かったから。

通勤途中の自販機で、一つ百円だったかな。

このように毎日出勤日は自販機で何等かの珈琲を買っていた。

朝飯のおにぎり。

毎朝、母親が作ったおにぎり。恥ずかしいとか言っている場合ではない。とにかく生きていかねばならないから。

こちらはタラコのおにぎり。

俺はタラコのおにぎりが好きだ。

これ、どこだっけ?材木座じゃなかったような。
え~と、逗子かな?違うかな?

え~と、よくあることだが、少しのゴミを回収する為だけに、離れた場所に行かされることが多々あった。なので、ここも本日の作業場の材木座ではなく、離れた逗子市の海岸だった気がする。

これでゴミを掴む。これらの木もこれで掴んで集積する。美化財団の職員が運転する。

まあ、作業員がこうして一か所に集めて、重機が掴みやすく集積しておれば、重機で一回で楽に掴める。

こんなでかくて重たそうな根っこも、川の上流から流れて来るらしい。

これらが海を漂って、いつか海岸に漂着するらしい。

ひきこもりから脱してのこの作業、キツ過ぎる。
つーか、怒鳴られるのが嫌だよな。マジでさ。こんなの少人数でやる仕事じゃねーよ。つーか、近くで重機が作業しているこんな現場、俺は大嫌いなんだ、こういう現場は。
俺は昔、平塚のとある工場内で指を失いそうになったので、重機が近くにいるのは本当に怖いんだ。10人体制の頃はこんな仕事じゃなかったように記憶していたから来たが、なんか相当違っていた。超少人数体制になっていたしな。

俺はもう二度と重機が走り回る現場の作業の仕事には就かない。

まあ、こんな飛び散った木の破片を熊手でかき集めるのだが、直ぐ近くに重機がいるから、俺は本当に怖かった。
近くに重機がいても平気な人はけっこういるけれど、俺は本当に嫌だった。

つーか、この日に限っては、11000円の日当は割に合わないわ。もっと金を貰ってもいいだろ、こんな真夏のサウナの中での、こんな危険な重労働は!
本当に何の発展もしない国だな。衰退ばかりだ。

まあ、季節により、大量に流れつく季節もあれば、全然ゴミが流れつかない季節もあるらしい。
一月とか二月頃は全然ゴミが上がらないような感じだな。

つーか、作業員、要らなくね?本当に必要なのかな?重機で全部やればいいのでは?重機の直ぐ傍での作業って、俺は恐怖でしかない。
俺は重機の近くはめっちゃ怖い。本当にこの現場は嫌いだった。
だって福島県の楢葉町で除染作業をしていた時、800名だか900名位いる広範囲の除染だったが、他の現場で、重機に太ももを潰されて出血多量で死んだんだけど、まだ生きていた53歳位の男性を運ぶドクターヘリも見たし、当時同い年の31歳の男性も、坂道に停めたトラックが輪留めをしていなかったから下がって来て、トラックと壁に挟まれて圧迫されて死んだケースもあった。
いずれの被害者も俺の知らない人だったが。だから怖いんだよな。そういう経験を身近でしているから。

この現場に限っては、長年ニートだった者は適応不可能だろう。
もう人生が嫌になっちゃうレベルかも。少なくとも俺はそう感じた。

よくもまあ、これだけ漂着するよな。
俺は普段、海岸なんて全然いかないから。まあ、海岸沿いを走る西湘バイパスを走っている時に、チラッと海岸を見る位だな。

真夏の猛暑でキツい、キツい。

つーか、この現場は賃金に見合わない。日当二万三千円貰わないとやってられない。
でも、どうせ日本は今後も実質賃金は下がり続けるだろう。ダダ下がりだ。

まあ、トイレが直ぐ近くにあるのは良いが、そんな利点なんて、この現場の嫌悪感に比べたら、直ぐに吹っ飛ぶ。
俺は本当にこの日、この現場作業は嫌だった。
引籠りからこの仕事に応募した人がもしもいたとしたら、この現場で怒鳴られても、危なくても、まあ、少し休むなりして、辞めようとする考えは、まあ、少し考え直した方が良いかもしれない。
他の現場なら、もっと楽な現場もあるから。
でも、この現場は、俺にとっては本当にキツかったから。俺はもっと自主的に休めばよかった。たったの四人しかいないからと、遠慮し過ぎた。他人に配慮し過ぎた。もっと休めばよかった。
自分の精神を保つ為に、な。
