で、この日の海岸清掃現場は二宮町の押切海岸だった。
う~ん、また駐車場に停めたトラックの荷台に乗って、木くずで一杯のブルーシートを受け取って、トラックの荷台にぶちまける作業だったのかな?
それとも木くずで一杯のブルーシートを八つくらい積んだキャリアダンプを操作して、作業現場とトラックを往復する作業だったかな?
まあ、現場でも当然、俺は清掃作業をしていたんだが。
なんで昔の10名体制の頃よりも、遥かに苦労する労働になっているんだろうか?
普通、時が経過すればテクノロジーが発展して、もっと楽になるものだが。しかし現実は、逆に遥かに苦労するようになっちまってた。
まあ、10名が4名に削減されたんだから、当然か。
ああ、10名体制の頃、湯河原町の高浦だったっけ?あの狭い海岸に降りていって、割とのんびりと作業できていた頃が懐かしいよな。
それに比べてこの時は、物凄くハードだった。予算を削減し過ぎなんだよな。本当に貧乏国家になり果てたな。僅か11年程度しか経過していないのにな。
やはり日本は、現状維持を好む【ホメオスタシス】という作用が強過ぎるんだよな。日本人は世界で一番【ホメオスタシス】が強烈に作用している民族かもしれない。
この時代、早めに変化した奴から楽になれると思うのだがな。

いつもの左折箇所。毎日の通勤なんだから、同じ個所なのは当たり前か。

この青い矢印は、自転車はここを通れという意味か?

今、ウォーキング・デッドを観ているが、今はシーズン10の第8話だな。

あともう少しで全てのシーズンが終わる。11シーズンでラストだからな。

ウォーキング・デッドは主要なキャラが頻繁に突然に死ぬよな。

まあ、この世に生きている我々人間も、簡単に死ぬけどな。

だが、まだまだ俺の寿命はあるんだよなあ。

分かるんだ、まだまだ寿命があるということが。

俺はまだ使命を果たしていないからな。

この世の人は早めに死んだ人を悲しむが、逆に言えば、この世で100歳迄なんていう物凄く長い寿命がある人よりも、けっこう早めに死んだ人の方が、あの世で楽なんだから、いいと思うんだよなあ。
まあ、自死は駄目だよ。でも、自死以外で早めに寿命が来たなら、それはそれでいいだろ。
だって霊体になれば体の疲れや苦しみから解放されるし、霊界なら金銭の苦しみからも解放されるからな。
なぜなら死後の世界は想念の世界なので、金は不要だからな。円もドルもユーロも人民元も、あの世では流通していないから。故に【地獄の沙汰も金次第】という諺は、あれは嘘だ。
それに、一体どうやってあの世に金を持って行くんだよ。金は紙幣にしろ硬貨にしろ、物質なのによ。棺桶の中に金を入れて燃やしても、それは霊界に持って行ったことにはならないからな。
マジでアホだよな。こんな基本的な情報も知らない奴等が殆どなんだからな。アホ草。

だって俺は今は43歳と半年だが、もうしんどいんだけどな、生きることが。

俺にもしも100歳迄の寿命があるとすれば、あと56年と半年の寿命があることになる。

ハッキリ言って、そこまで長生きなんてしたくねーよ。

誰も老人の年齢には憧れない。

「老人でも幸せだよ」なんて言う人もいるが、それは社会機能を維持してくれている人がいるからだ。あと、そいつ自身に金があるからだ。あと、特に深刻な病にかかっていないからだ。

俺は、本当に44歳から人生が良くなるんだろうか?

なるさ、俺は44歳から人生の運勢が良くなるからな。

もしもこのまま人生が沈殿したままであったならば、それはハッキリ言って、俺のせいではない。

それは神のせいである。

俺の人生に限って言えば、もしも俺の人生が浮上しないのならば、それは全て神のせいである。

だって、俺を何度も何度も霊的な罠で、罠にかけたからな。

俺の人生が低く沈むように、神、霊的な存在が誘導しやがった。

俺は二十代半ばから後半位だったな、とある接骨院で、その接骨院の院長が霊能者で、その霊能者に視てもらった。つまり霊視してもらった。

そうしたら、俺は「うえる」と言われた。

「うえる」というのは、つまり「植える」だな。
「飢える」ではない。だって飢えてないもの。それに飢えることが使命なんていうのは、おかしい話だ。
まあ、明確に「植える」と言ったと思う。

その霊能者が俺の守護霊と話して、そう語ったのだ。勿論、俺は自分の守護霊なんて見えないし、話せないが。

で、「植える」という意味を詳しく教えてくれと言っても、それは守護霊に禁止されていると言われた。

なんか、現時点で「植える」の詳細を語ると、あなたの将来の為にならないとか、そんな風に言われた。

で、今、こんな人生になりました。

確かに俺は、みんなに、世間のみんなに恐怖心を植えようとしている。

交通事故なら、悲惨な交通事故の画像や動画を見せて、無謀な運転をする馬鹿共に恐怖心を植え付けて、乱暴な運転をしないように誘導したい、と思っている。

最初は「植える」のなら、農業だと思った。

しかし俺の使命は農業ではなかった。

香川県のレタス農家で体験農業をしてみたが、どうも農業は俺の使命ではないと悟った。

まあ、こんな風なサイトを作っているのだから、農家は使命ではなかったよな。

この【他人に真実を見せて恐怖心を植え付ける】ということこそ、私の使命だな。

この事業は、誰もやっていないよな。

このニート・引籠り向けのサイト制作も、誰もやっていないよな。

ブルーシートが満載の時は、こんなもんじゃない。両側の板よりも遥か上にまで積んでいた。それをゴムバンドで両側から結んで、落ちないように固定していた。

日本中には146万人の引籠り・ニートがいるらしい。

146万人のニート・引籠りの両親も含めたら、軽く300万人を超える。

つまり、そんな超巨大市場なのに、まるで誰も本格的に参入していない。

実際に引籠りの家に行って強制的に部屋から出して、寮に強制的に入所させて、強制的に共同生活させて、強制的に働かせるような事業者は沢山あるが、俺が目指しているのはそういう事業ではない。

俺はサイトを通じて訴えるだけだ。

俺は、この時に働いていた記録を写真で残しておいて良かった。

サイト制作は苦労するが、楽しい面もある。

なぜなら自力で、自分の意思に基づいて働いている、作業しているという感覚が全てだからな。

サイトなら、九州の人間にも、東北の人間にもアピール可能だからな。

この押切公園内の裏返しになっているボートの場所【右側にある白い物体】で、俺は昼に食事をして、休んでいた。ボートの上に寝っ転がるのではなく、ボートの手前で寝ていた。

このゴミ置き場は海岸清掃とは無関係だ。これは地域住民のゴミ捨て場だ。

この狭い幅の道路から軽バンで来た。こんな場所、プライベートでは絶対に来ない。

ブルーシートからこぼれた木くずゴミ。

一杯にし過ぎだよな。4人しかいないのに。こんな重たくしたら、トラックに積み込む時に、とても重たい。

結び目を固く結んでしまう人がいて、中々解けなかった。
まあ、中々、言えないんだよなあ。そういうことは。

今の俺なら言えると思うが。

地面に散らばった木くずは、帰る時に綺麗に掃除しました。だってここは地域住民の駐車場の端だからな。

この仕事も、俺が写真撮影をしまくったことにより、そしてもしもこのサイトが有名になれば、一気に海岸清掃の認知度が上がるであろう。
そうしたら海岸清掃事業に、もっと予算を回してあげろ。

俺は今後も追加でサイトのコンテンツを大量に制作していく。

これも俺が写真に撮らなかったら、誰も知ることは無かった。

俺は今後もどんどん自分の人生を切り抜いて、自分をアピールしていく。

ブレーキング・バッドのウォルター・ホワイトは、まあ、犯罪行為で大金を稼いだけれど、50歳での踏ん切りからの行動力は物凄かった。
まさしく【吹っ切れて】いた。

それまでは馬鹿にされる人生だったのに、そして物凄く消極的で大人しい人物だったのに、50歳から吹っ切れて、物凄く積極的に動くようになった。

まあ、繰り返すが、犯罪行為は駄目だ。しかし積極的に動き回ることは、大いに参考になる。

俺もウォルター・ホワイトみたいに、もう吹っ切れた。

ウォルター・ホワイトは、終盤には、裏の世界の住民達とも堂々と張り合っていたからな。

まあ、俺は裏の世界の住民の皆さんとは知り合いたくないが。だって、こちらはフィクションの世界ではなく、ノンフィクションの世界だからな。

このテトラの頭地帯の手前で曲がって、先程の場所まで運んで行った。

トイレはないので、まあ、テトラに隠れて、しゃがんでした。

鎌倉とか藤沢なら公共トイレがあるけど、それは観光地だからな。
ここら辺は観光地ではないので、公共トイレはない。その代わり人が少ないので、見られる心配もない。

で、この日も無事に終わりました。

ウクライナ戦争では、前日まで健常者だった者が、九時間後には手首が吹っ飛んで障害者になっている、なんてことは日常茶飯事だ。

その戦争に駆り出されて手首を吹っ飛ばされた人と、俺の人生とは、そんな大して違わないだろう。もしも俺がそこにいれば、俺の手首が吹っ飛ばされていた。

だが、人は生まれる前に自分の人生の推移をある程度決めている。
故に、俺はウクライナ戦争に巻き込まれるような場所に生まれることは選ばず、この日本に生まれて、サイト制作によって人々に警告を与える使命を選んだ。というよりも、その使命を与えられた。

まあ、普通の人は、世間の人間は、どうしても決まった評価基準で人を判断するよな。

故に、43歳と半年でこんな社会的な底辺の地位にいる俺は、裏で蔑みの対象であろう。

が、本当にそうだろうか?本当に俺の人生は終わっているのだろうか?
俺が注力している分野は、既に述べた通り、ニート・引籠り146万人に対するサイトだ。
その他にも、交通事故防止サイトや、自殺防止サイト等も制作中だ。
それらを合算すれば、数千万人以上に訴求可能だ。
だったら、【安定】という蜃気楼の沼の上に立っている正社員達よりも、よほど将来有望なのではないのか?
俺は酒もタバコもしていないので、まだ肝臓や肺は、多分、まだまだ頑丈だろう。
逆に若い頃から沢山のタバコを吸ってきた奴、若い頃から大量にアルコールを飲み続けてきた奴は、43歳の時点で、既にもう、相当、臓器が痛んでいるだろうな。
丁度、ユーチューブで見られる、数万キロ無交換でドロドロになったエンジンオイルみたいに、おぞましい状態の臓器の損傷具合だろうなあ。
だから、人の将来性は、単純に年齢では判断できない。
だっていつ死ぬかも分からないんだからな。
故に、ニートや引籠りの諸君よ、君達は、いつ死ぬか分からない。
だったら、足掻け。一日中ずっと足掻かなくていいので、まずは三時間、足掻け。
一日の自由時間の内、たったの三時間だけでも、まずは何かをしてみよう。
将来の発展に繋がる何かを努力してみよう。努力は、自分の適性に合ったことならば、そう苦にはならないものだから。
